天守君山願成就院
運慶の仏像がある北条氏ゆかりの寺

当山は天守君山願成就院と称し寺の創建は、寺伝によると奈良時代聖武天皇の天平元年(729)5月15日に創立されたと伝えられるが、文治元年(1189)源頼朝公夫人、尼将軍北条政子の父で鎌倉幕府初代執権北条時政公が、頼朝の奥州藤原氏討伐の戦勝を祈願して建立したもので、その後は二代執権北条義時公・三代執権北条泰時公の三代にわたり、約半世紀の歳月を費やして次々に堂塔が建立され繁栄をきわめた.現在の10倍以上の敷地に瓦塀で囲まれた山門を入ると大きな池がありその池の中島にかけられた橋を渡って参拝するというもので藤原時代特有の寺院様式であった。                  
しかしこうした繁栄もやがて15世紀末には兵火にみまわれ、しだいに衰運に向かった。室町時代延徳三年(1491)二代堀越公方・足利茶々丸公北条早雲に攻め滅ぼされた際、多くの堂塔が灰燼に帰し、さらに、時移り、戦国時代の末,天正18年『1590』豊臣秀吉の小田原攻めの折り、韮山城攻撃の際、再び兵火に見舞われ、ますます寺運は衰えた。江戸時代宝暦三年(1753)寺の荒廃をなげいた北条美濃守氏貞が仏像等の修理を行い復興に努めた。
寛政元年(1789)茅葺屋根の本堂が再建された.本堂の横にある大御堂には、国の重要文化財に指定されている本尊の阿弥陀如来像のほか、毘沙門天像不動明王像などが安置されているが、これらはずて運慶の作。また宝物館には、政子地蔵菩薩像や運慶の真作を記した銘札などが展示されている。

  
北条時政公のお墓
足利茶々丸公のお墓

重要文化財阿弥陀如来座像(運慶作)
寄木造・像高143.5a
大後堂本尊・堂々として量感豊かな体躯男性的でたのもしく、しかも限りない慈悲にあふれた面相は神秘的な威厳を具え、一種名状しがたい霊感にうたれる尊像である。
重要文化財毘沙門天像(運慶作)
鎌倉初期・寄木造・像高147a
重い兜を身につけ、右足を一歩踏み出し、暴れまわる二匹の邪鬼をしっかりと踏みつけて立つ活動的な姿がきわめて巧みに表現された玉眼
重要文化財不動明王像(運慶作)
トイレの場所
車椅子での通行
料金 300円
9:00〜16:00無休
伊豆箱根鉄道伊豆長岡駅から徒歩15分


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